針の穴と対峙して(Otto Scharmerによる2021年3月31日の記事の翻訳)

(オリジナル記事https://medium.com/presencing-institute-blog/facing-the-eye-of-the-needle-38e5fd786eb7

古代エルサレムには、「針の穴」と呼ばれる門がありました。この門は非常に狭く、荷物を満載したラクダがやってくると、全ての荷物を降ろさなければ通れませんでした。イエスは、このよく知られたイメージを引用して「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方が簡単である」と言いました。

スエズ運河で立ち往生しているEver Given号の姿に思いを馳せる時、浮かんでくるのがこの言葉です。コンテナを満載したこのアジアから欧米に向かう貨物船は、スエズ運河を通過しようとする約400隻以上の船を足止めさせていました。

ニューヨーク・タイムズ紙によると、数日前からEver Given号を見ていた近くの村人が言ったそうです。「なぜコンテナの一つも降ろさないんだ?その中身が、私たちの町の糧になるかもしれないのに」

この出来事は、私たちの世界的な窮状を端的に表しているのではないでしょうか?

立往生を解消するために、荷を降ろさなければならないというEver Given号のイメージは、豊かな国や西欧文明が今日体現している集団的な弊害の縮図なのです。つまり、物にしがみつき、分断された社会の向こう側の人たちには分けてあげない、という態度です。

豊かな国々が行わなかったことの例は豊富にあります。例えば・・・

- グローバル・サウス(南の発展途上国)もCOVIDワクチンに公平にアクセスできるようにする。

- グローバル・サウス諸国の気候危機への適応を支援するため、資金提供の約束を果たす。

- 北の先進国への大量移民の根本原因に対処する。

針の穴に直面して(Kelvy Bird 作図)
針の穴と対峙して(Kelvy Bird 作図)

上記3つのケース全てにおいて、資源を分け与える理由は、単に倫理的な責務からというだけではありません。私たちがこの1年間、システム思考の最上の師である「COVIDパンデミック」から学んだように、これはシステム上の必須事項でもあるのです。自分の身を守る唯一の方法は、隣人を守ることです。ワクチンを独り占めにしてしまうと、急速に広がるウイルスの次の変異種(今日のブラジルのP1型や、これから生じるもっとひどいものなど)に襲われる可能性が高くなり、それまでのワクチン接種の努力が無駄になってしまいます。

経済的資源を独り占めにすると、構造的暴力や気候変動からの耐え難い影響を受けている国々から、大規模に移民が流入する可能性が高くなります。北の先進国が資金を提供し、開発し、利用している技術だけで気候変動を解決できると考えているのは、今世紀の終わりにかけての気候シミュレーションモデルを見たことがない人たちだけでしょう。それを見れば解決不可能であることは一目瞭然ですから。

社会のOSをアップグレードする

これらの課題に対処する唯一の方法は、経済のOSを再考し、再想像することです。エゴシステムの論理からエコシステムの論理へと移行すること、つまり自分自身(または一国)を中心に構成された経済から、すべての人の幸福を中心に構成された経済へと移行することによって、です。

例えば、知的所有権制度について考えてみましょう。この制度により、ほとんどの国、ほとんどの人がワクチンを入手することができません(知的所有権制度が社会へのプラスの影響を最大化するように設計されていたら、入手できたかもしれませんが)。また、経済を脱炭素化するための重要な技術や、世界規模のグリーン・ニューディールを実現するためのリソースにも、ほとんどの人がアクセスできません。もしこれらのリソースが広く利用できるようになれば、各国が学びのインフラ、グリーンテクノロジーのインフラをアップグレードし、全体規模で気候正義(訳注:気候変動を単に気候や生態系の問題ではなく、社会の不公平・不平等が生み出した問題ととらえること)の原則を適用することが可能となります。

完全武装していても何もできない

座礁したEver Given号のイメージは、今日の豊かな国々のほとんどに見られる内的な状況を外的に具現化したものと考えられますが、私の心に引っかかっているもう一つのイメージは、別の根深い問題を反映しています。それはここ最近のニュースでトップに上がったものです。

何のことを言っているかというと、1月6日に発生した米国連邦議会議事堂襲撃事件のことです。この事件を紐解くと、何が見えてくるでしょうか。

1月6日、世界最強の軍事大国であり、2位以下の10カ国の合計を上回る防衛予算を持つ国が、その死角から現れたわずか数百人の反乱分子に対して全く無力であることが判明しました。それは、当時のホワイトハウスの住人が引き起こした、白人至上主義に基づく国内テロだったのです。

そう、他国には800の軍事基地を持っていても、世界最強の軍事機器を持っていても、意識のすべてが誤った方向に向けられている場合、つまり、自分たちの境界の外で発生する危険に向けられている場合には、そのパワーがすべて何の役にも立ちません。

Ever Given号の窮状と連邦議会議事堂の反乱は、集団としての私たちが現状陥っている、2つの重篤な症状を典型的に表しています。

1つ目は、過去のパターンにしがみつき、所有物が事実上前に進むことを妨げているにもかかわらず、それを手放すことを拒み続けることによって、自らのシステムを破壊していることです。

2つ目は、問題の原因を自分自身と自分のシステムの外にしか見いだせず、自分の盲点の中から生じるあらゆる問題に気づかないような考え方をすることで、学習能力と対応能力を失ってしまっていることです。

人新世(アントロポセン)への移行

私たちは今、地球規模の緊急事態に直面していることを知っています。これまでにも数多くの研究や報告がなされてきましたが、最近のものとしては「2020 Human Development Report」があります。気候の不安定化、命を打ち砕く程のレベルの二極化と不平等、さまざまなコミュニティーにおけるメンタルヘルス問題の蔓延などです。報告書は、最近科学者の間で、地球が「アントロポセン(人類の時代)」と呼ばれる新しい地質学区分の時代に入ったのではないかという議論がなされていることを指摘しています。この時代を定義づける特徴として、これらすべての問題の根本的原因であり、私たちの種の存続に対する最大の脅威が、私たち自身、つまり私たちの行動にある、ということがあげられます。

私たちは、システム思考を適用することで、どのようにして集合的な鏡を見ることができるでしょうか?私たち自身の行動が全体にどのような影響を与えるかを知るには、どうすればよいのでしょうか。どうすれば、自分たちのシステムの中で支配的になっている考え方を、エゴシステム意識からエコシステム意識に変えることができるのでしょうか?

私はMITのアクション・リサーチャーとして、過去25年間これらの疑問を実践的な実験を通して調査してきました。私が学んだことは、システムを変えるためには、そのシステムに属する人々の意識を変える必要があるということです。そしてそのためには、システムがシステム自身を感知し、見ることができるようにしなければなりません。

手放すことで導く…

このような深い学習のインフラを構築することは、「人新世」の時代に変革を導くための重要な前提条件です。すべての人の幸福のために幅広く投資し、盲点に光を当て、白人至上主義を含む古いシャドウを変容させなければ、私たちは次々と訪れる針の穴のような状況を前に立ち往生してしまいます。お金の話で言うと、 私たちは、資金を多すぎる場所(投機的なカジノ資本主義)から、少なすぎる場所(生態系的、社会的、文化的コモンズ/共有領域)に再配分する必要があります。

エルサレムへの旅人が、門をくぐるためにラクダから荷を降ろすことを学んだように、人新世の市民、変革者、リーダーである私たちは、個人、組織、そして社会全体など、あらゆる規模のレベルで、手放し、迎え入れることを通して変革を促進する方法を学ぶ必要があります。手放すことで導く?何を手放すのでしょうか?役に立たなくなった過去の行動を手放すのです。

アントロポセンの時代の旅を続ける私たちは、あらゆるレベルで「針の穴」のような状況に直面し続けるでしょう。これらの境域を超えるのが容易でないことはわかっています。しかし、私たちはそれが可能であることも知っています。なぜなら、手放す場所は、実は可能性の場所であり、迎え入れる場所なのですから。

ドイツの詩人、フリードリヒ・ヘルダーリンは、これを美しく表現しています。

「危険があるところではしかし、救う力も大きくなる」

その「救う力」は、遠い夢ではありません。地球上の多くの人々が今この瞬間に予感し、感じとっている、未来の現実的な可能性なのです。それは、私たち次第で実現できる可能性なのです。私たちは意識を向けているでしょうか?

このような方法を模索し、私たちの進むべき道を再想像したいとお考えの方は、ぜひ私たちのGAIAセッション(https://www.presencing.org/gaia)にご参加ください。

※画像を作成してくれたKelvy Bird、草稿にコメントしてくれたRachel Hentsch、Antoinette Klatzky、Eva Pomeroyに感謝致します。

(訳者より)日本語の試訳を丁寧に読み込み、的確な校正をして下さったTae Abion(Abbie)さん、ありがとうございます。

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